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災害ボランティア体験の備忘録


3月11日の震災以降、岩手県内陸に住む自分としては「何かせねば・・」という思いがあったが、そもそも災害ボランティアに個人で参加する方法が分からずにいた。

4月になって、県や市(盛岡市)の社会福祉協議会なる組織が主催する、日帰りボランティアバスがあることを発見。 これは自分にとって参加しやすい。 これにしよう!

ただ、4月中は、被災者の一家が釜石のうちの実家(空家でゴミ一杯!)を買われることになり、後片付けやら何やらで過ぎて行き、
ゴールデンウィーク期間中はすでにボランティアは予約いっぱいで、被災地での受け入れもこれ以上は無理のような報道もあり、連休あけに申し込みをした。  参加予定日は5月14日(土)


ところが・・・・

申込直後に腰を痛めてしまい、その日から約2週間、まともな作業が出来ない状態になる。 うぅぅ~

ワタクシはもともと椎間板ヘルニアの持病持ち。
普段はなんともないが、ちょっとしたことで腰痛に陥ることが年に何回かあるのです。

もちろん、すぐにキャンセルの電話を入れ、次回のチャンスを待つことにする。

いきつけの整形外科医院で腰に電気をかけてもらい、湿布を貼って養生



腰の調子もなんとか回復したと思われたので、盛岡市社会福祉協議会が主催するボランティアバスに再び応募。 期日は5月29日、場所は大槌町

出発までの準備


まずは、ボランティア保険に加入

主催者HPによると、ボランティア保険への加入は必須になっているようだ。
電話で問い合わせてみたら、住所地の自治体にある社会福祉協議会ですぐに加入できるとのことなので、早速、印鑑を持ってわが町(村だけど・・)の役場の裏にある社会福祉協議会事務所に赴き、手続きした。

今回加入するのは、ボランティア保険の中でも、「天災タイプ」というもの。
天災タイプにもAとBがあり、年間保険料はAが490円、Bが720円。 
Bの場合、もし死亡した場合は2000万円、入院した場合は日額11000円と、Aより手厚いので、保険金額の差もわずかなことだし、迷わずBに加入。

それにしても、たったこれだけの金額で年間これだけの保障が受けられるとは驚きだ。

加入後、事務担当のおばさんから、「気をつけて行ってきてくださいね。」と言われる。だんだんその気になってきた。

足りないグッズを揃える

自分が現在持っているもの以外で、今回ボランティアに参加するために新たに買いそろえなければならないものは、

1 底に鉄板が入った長靴 (または鉄板入りのインソール)⇒ 釘などの踏みぬき防止のため

2 ヘルメット


地元の作業服専門店「ワークマン」に行ったところ、鉄板底入りの長靴は置いていなかった。
若い女性店員に聞いてみたところ、「置いていませんけど、中に敷くステンレス板入りのインソールならありますよ~。 沿岸に行く人たちは皆さんコレを買って行きます。」とのこと。

なるほど、わざわざ2~3千円する長靴そのものを買わなくても、インソールを買えば済む話だ。
てなわけで、780円のインソールを買って解決。

あとは普通のヘルメットと、この際どんなに汚くしてもいいようにと、安めの合羽を新たに購入。
(登山用のゴアテックスのレインウェアじゃ、泥汚れをつけるのが勿体ないからのぅー)

これで準備万端ジャ!

持ち物 覚え書き


【身に着けるもの】
作業着
長靴(ステンレスインソール入り)、


【持ち物】
弁当+箸
水またはお茶
合羽またはヤッケ
ヘルメットまたは帽子
タオル
ゴム手袋+軍手
ゴーグル
マスク
ポケットティッシュ+ウェットティッシュ
ビニール袋
カットバン+救急用品+常備薬
スコップ(角型) ・・・他人のものと間違われないよう、カラーのテープなどを巻く
着替え ・・・帰りのバスの中で着る
サンダル ・・・帰りのバスの中で履く


出発地である盛岡市の「ふれあいランド岩手」に朝6時半着。バスの出発予定時刻は6時50分だ。
すでにスコップを持った人たちがたくさん集まっていた。

玄関を入ると受付があり、氏名を告げて、受付を済ませる。 「ボランティアセットです。」と言われて渡された袋には、ペットボトル2本、カロリーメイト、マスク、軍手などが入っていた。

今回は盛岡市社会福祉協議会主催のバスに乗るが、このほかに岩手県社会福祉協議会主催のボランティアバスもあり、行き先も、大槌町、野田村、陸前高田市などがあるため、けっこう賑わっている印象だ。

私が参加する大槌町行きは、定員40名


盛岡市社会福祉協議会HPから画像を拝借
こんな感じ


バスの荷物室にそれぞれ持参したスコップを投入する。

さて、バスに乗り込み、網棚に荷物(リュック)を乗せようとしたら、は・・・入らない!!
持ち物がたくさんあるから小さなデイパックには入りきらず、「大は小を兼ねる」ということで、登山用の大きなリュックにすべてを入れてきたのだが、大きすぎてバスの中に持ち込めないジャン!

已む無く、スコップたちといっしょに荷物室へ投入。

おかげで、大槌に着いてからリーダーさんが打ち合わせをしている間、皆はバスの中で支度をしているのに、私は荷物を取れないため何もできす、遅れを取ってしまった。
もしかして今日のメンバーの中で一番大きなリュックだったかな? うっ、恥ずかしっ!(^^ゞ


このことから、次回に向けての反省点 

・ 荷物は、バスの網棚に入るくらいの小さな入れ物にいれるベシ
・ ただしそれではすべての荷物を入れられないので、「ディパックと紙袋」のように2つに分ける。
・ 弁当を食べるときや、着替えをするときは、バスの中なので、バスに荷物を入れっぱなしでOK。
だから、荷物を小分けしても全く問題なし



バスの中では、まずスタッフの女性が挨拶し、今日のスケジュールを説明
その後、「それぞれ、自己紹介をお願いします。」となり、今日参加した39人全員が、それぞれどこから、どんな理由や気持ちから参加したかを一言ずつ表明

まず驚いたのが、男性より女性のほうが多いこと!
39名中、男性は16名。 女性が23名。

HPで紹介していた作業内容は、「瓦礫撤去・運搬、泥出し、家財道具の移動、掃除、物資の仕分け」だったが、これってほとんど力仕事。オトコの仕事ジャン!

さずがに女性は20~30代くらいの若い人が多いようだったけど・・
男性も、若い人が多かったかな。
50代以上と思われるのは、私を含め3~4人くらいか。


ほとんどが岩手県内からの参加だけど、中には東京からやってきた御夫婦もおられました。

私の隣の席は、盛岡のYさん。先週野田村に行ってきて今回が2回目だそうで、骨折が回復するのを待ってボランティアに参加したとのこと。偉いなぁ
彼にいろいろなことを聞き、話をしながらのバス旅は、時間がたつのが早かった。

途中、遠野の道の駅「風の丘」で15分の休憩タイム
目的地の大槌町には9時半頃到着



当日の作業内容は、現地のボランティアセンターが朝9時にあくので、それからスタッフが携帯で連絡を取り合い、決めるのだそうで、この日も、大槌に到着する直前にスタッフから説明があった。

それによれば、いつもは何グループかに分かれて違う現場に向かうのだが、今日は依頼された一軒のお宅に全員でかかるとのこと。

参加した人の中から、スタッフからリーダーが指名された。(当然ながら、経験豊かな人が指名されるようだ。)
さらに、そのリーダーが副リーダーを指名。どちらも中年以上の男性で、頼りになりそうな人たちだ。


大槌の桜木町に入り、バスが停車。 スタッフとリーダーたちが降りて行き、その先にある現地ボランティアセンターに行って、今日の作業の段取りを話し合っている。
この間の時間がけっこう長い。

隣の席のYさん曰く、先週野田村に行ったときも、こういう「待機」の時間がけっこう長かったとか・・



やがてリーダーが戻ってきて説明。 以下その概略

・ これからバスを降り、トイレを済ませ、数百メートル先にある依頼者の家に向かう。
・ 依頼者本人は遠野に避難していて不在。今度その家を購入して住むという人が来る予定。
・ 途中で、ゴミ捨て場などを確認しながら移動する。
・ 午前と午後に1回ずつ休憩を入れる。昼食はバスに戻ってから取る。



支度して外に出、現地ボランティアセンターでネコ車を調達して整列。
副リーダーから、作業にあたっての注意点について説明。以下その概略

・ ボランティアにはノルマがない。決して無理をしないこと。周囲が一所懸命作業していても、自分が疲れて休みたくなったら遠慮なく休むこと。

・ 自分の安全は自分で守る。自己責任。

・ 靴に鉄板インソールが入っていない人は、瓦礫の上には行かないこと。釘などを踏みぬく。

・ 泥の中にはガラスの破片などが入っている。決して素手では触らないように。

・ 作業現場は安全な場所ではないということを認識してほしい。




この現場のトイレは、工事用の仮設トイレが1個しかなく、女性が多いこともあって並んでいる。

オトコの私まで並んでいたのでは、皆が整列して作業開始するまで、ますます時間がかかりそうなので、少し我慢し、
作業途中に抜け出してきて、空いているときに使うことにする。 (ボランティアは自分の体調は自分で管理し、皆に迷惑をかけないよう自分の判断で休みを取るのだ。)


依頼者の家は普通の平屋建てのお宅だった。
庭も広くないが、津波で運ばれてきた泥が全面的に数センチ被っている感じ。

その家の前で、今度住む人、不動産屋さん、リーダーたちがまた打ち合わせをしている。
しばらく待たされ、結局作業開始は10時30分。
9時30分にバスが着いてから、作業開始まで1時間もかかっている。


実際の作業は、副リーダーが段取りを考えてくれて、それに従って手分けして黙々と進む。
庭や小屋の中に散らばっているゴミの搬出 ⇒ ネコ車で運搬・廃棄
泥のかき出し ⇒ 土嚢に詰める ⇒ ネコ車で運搬・廃棄

午前・午後とも主にこの作業の繰り返し。
あいにく、時々雨が降る天気だったけど、それほど強い雨ではなく、中止になることもなく予定どおり作業が進む。

土嚢詰め込みは2人ひと組でないとできないので、必然的に見ず知らずの若い女性とペアを組むことになり、お話しながらの楽しいひと時であった(^^ゞ

腰痛が心配だったが、なんとか無事に終えることが出来た。



午後2時半頃から我々は後片付けに入る。
3時頃になると水場が混むから早めに洗っててくださいということで・・

ネコ車を洗うためボランティアセンターに行ってみたら、すでに別グループが大勢集まって後片付け中。
ヘルメットに「連合」とあったので、連合系の人たちかな。

さらに、わざわざ岐阜県多治見市から泊りがけで作業に来てくれた団体もあり。
いや~、岩手のためにアリガトさんです。



帰路の車中では、当然ながらウトウト寝ている人多数。
午後6時頃、盛岡帰着。

我々のやったことは、復興のための1億か10億分の1くらいにしかならないだろうけど、何かしらやったということで、心地よい疲れとともに精神的にはなかなか充実した一日でした。

今日は、募集定員40名に対して、集まったのは24名。
男性9名、女性15名と、前回同様やはり女性のほうが多い。

これにスタッフ2名を入れ、総勢26名で野田村に向かう。

高速道経由、久慈市経由、野田村着9時半。
途中、高速を降りてすぐの、九戸村の道の駅、オドデ館でトイレタイム。



いつものことで慣れているらしく、待機時間がほとんどなくすぐさま作業開始。
八幡平市ほかから来た数団体とともに、役場近くの被災地で、瓦礫撤去。

野田村役場の隣にボランティアセンターがあり、トイレは役場を使えるほか、消防なども隣接していて水も使え、活動拠点としては恵まれているのだろう。


男性はひとつの班、女性は3班に分かれ、女性班は物資の仕分け作業などもやっていたようだ。
男性は午前も午後も同じ場所でひたすら瓦礫撤去。

とはいえ、現場はもともと住宅地だったところで、家の基礎だけが残っているが土台から上はなく、焼け野原のような状態。
大きな瓦礫は重機で撤去した後だが、泥や土の中に、細かい瓦礫がたくさん残っているので、それを主に手で拾って土嚢袋に詰めるという、気の遠くなるような地道な作業だ。

土の中には、家の外壁材のカケラ、断熱材、木片、ガラス片、食器、教科書やノートなどなど、ありとあらゆるものが埋まっている。


お昼休みに、5分ほど歩いて国道まで行ってみた。土手の上にある国道からは海が見える。

過去にあった防潮堤はほとんど壊され、松林もほとんどなぎ倒されていた。 海はなぜか遠くに、低く見える。
あんな遠くにある海が、こんなところまで来たのか・・・


今日は前回のようにバスの中で自己紹介などはなかったが、帰りのバスの中で、スタッフが、県外から来てくれた人達を名簿で紹介した。

東京などから、遠くは神奈川県や札幌から来てくれた人達(多くは女性)が5~6名いた。 すごい。


今日はこれまでの盛岡市社会福祉協議会ではなく、岩手県社会福祉協議会の主催によるバスへ乗車。
募集事務やバスの運行、スケジュール一切は名鉄観光サービス㈱が依頼されているようだ。


作業内容は、水産加工工場で、腐った魚の除去。 
この説明をスタッフから聞いたとき、「うわっ、臭そう~」と思ったが、実際に現地に行ってみると、その臭いは想像をはるかに超えたものだった(@_@)

バスを降り、現地まで300mほど歩くが、近づくにつれてまずは汚物の臭いがしてくる。
この辺りは昔ながらの汲み取り式トイレの家も多かったと思われ、便槽もろとも壊れてしまったところも、もちろんあることだろう。

工場の建物自体は小高い場所にあって壊れててはいなかった。 中に入るとものすごい臭い!
なんとも表現しようのない腐敗臭
地震以来3カ月がたち、冷蔵庫が作動していないから、保管していた魚はどうなるか・・・想像するのも怖いくらいだ。



ボランティアは39名だが、それを3班に分けられた。スタッフが各班の名前と班長を指名した。
今日は男女半々くらい。

1班は、工場の中で、腐った魚をビニール袋に詰める作業。これが一番臭いがキツく、大変だそうだ。
2班は、1班の作ったビニール袋を、さらに紙袋に入れる作業。

そして私の所属する3班は、工場の外の高台にある広場で、2班の作った紙袋を、ドラム缶に詰める作業。3班は男だけの9名。


下の工場から、コンテナ入りの紙袋が次々運ばれてくるが、それを8個くらいづつドラム缶に詰めて蓋をする。
空のドラム缶が奥の方に100個以上積まれているが、その蓋を開けてみると、中には有機溶剤が入っていたものも多く、まだわずかに液体が残っている缶も数知れず・・

当然、トルエンやらキシレンやらと思われる強烈な臭いのするものも多く、詰め込む紙袋から発する魚の腐敗臭と相まって、吐き気がするほどだ。 さすがに実際に吐くまでには至らなかったものの、けっこうハードな作業じゃのう~(ーー;)

午前中は小雨が降っていて、午後は一転して晴れて強烈な日差し。
どちらも汗がしたたり眼鏡が曇り、特に午後はキツかった。



でも3班はマシなほうで、話を聞くと1班は本当に大変だったようだ。

なにしろ3か月もたって腐敗した魚 (ほとんどがイカだったそうだ) を直接、ゴム手袋をした手でつかんでビニール袋に入れるのだ。 ニオイ攻撃は間近なので、さぞかし辛いことだろう・・

バスの中で隣の席だった男性は、今回がボランティアに参加するのが初めてだそうだが、1班になってしまい、作業終了後に聞いてみたら、午前中には「心が折れそう」だったそうな・・・



昼休みには皆バスに戻るものの、バスに一歩入った途端、「うっ!」と、魚臭いニオイが充満してる~!

スタッフが、「今日はファブリーズも用意してますから」 と言っていたことに納得。


だから、誰もバスの中で弁当を食べる人はなく(爆)、外で適当に場所を見つけて腰掛け、食べたりした。
とはいえ外はまだガレキが多数残っている。 



行きのバスは、途中、宮守の「mm1」と、陸前高田横田町の「川の駅」でぞれぞれ15分休憩。

陸前高田は特に大きな被害を受けていることもあるためか、ボランティアもたくさん入っていた。
川の駅でバスが停車したところ、我々のボラバスを含めて計8台ものボラバスが停車していた。
中には、わざわざ静岡県から来られた団体も・・  御苦労さまです。



高田市内に入る手前から渋滞
気仙大橋が壊れているため、気仙沼方面への交通も、竹駒を迂回するため、竹駒で渋滞となっている。

市内を通過する際、スタッフは「毎回のことですが、今回初めて陸前高田に入る方もいらっしゃるので」と言って、市内の被害状況などを解説してくれた。
建物はほとんどないため、遠くまで見渡せる。

マイヤの看板はどこからでも見える感じだった。 河口付近にある一本松も見えた。
「海と貝のミュージアム」は建物は残っているものの廃墟のようだ。
本当に、本当に甚大な被害とはこういうものを言うのだろうか。まさに絶句の光景。

メチャメチャになったクルマが1箇所に集められていたり、片づけは大分進んでいるように見えたが、まだまだだ。
たくさんのバックホウがあちこちで作業していた。



午後の作業がはじまってすぐの頃、ちょっとした怪我人が出た。

空のドラム缶の蓋をあける作業をしていた人が、おそらく缶の中で気体圧力が高くなっていたのだろう・・蓋をあけた途端勢いよく蓋がはねて額にあたり、タンコブを作った。

いくらか血が滲んでもいたようで、班長がすぐにスタッフのもとに連れて行った。

帰りにその人から様子を聞いたところ、高田一中の避難所の中に、日赤の病院が入っているのだそうで、看護師さんに診てもらい、「川の駅」近くにある陸前高田ボランティアセンターに運ばれて休んでいたそうだ。


班長がすぐにはスタッフを見つけられず、あとで班長はスタッフに対し、こういう自体が発生してもすぐに連絡がつくよう体制をきっちりしてほしいとクレームをつけていた。



今日は津波発生からちょうど3カ月。

午後2時46分にはサイレンが鳴り、皆、黙とうした。

そのため今日の作業は2時半で終了。黙とうのあと、バスに戻り、着替えなどして帰路についた。
午後の作業はキツかったので、その意味では助かったという感じ。


聞くと、本日も県外からの参加者が多数。 中には岡山県から来られて昨日今日とこの現場で作業された方もおられる。
みんなすごいなぁ


盛岡市社会福祉協議会のボラバスで再び大槌へ

今回は定員45名がすべて埋まり、女性より男性が多い感じ


リーダーは、野田村のときのように大学生(4年生)が努めていた。

11名の班と、その他の34名の班に分かれて活動。 11名については名前が呼ばれ、すべて男性で、その中に私が入っていた。
すべてオトコばかりだから、この班はさぞかし力仕事なのだろう・・」と思っていたところ、実際の作業は、1階が浸水被害を受けた新築住宅(建築中)で、泥に汚れた柱や根太、大引き、サッシなどを拭き掃除することだった。

快晴で陽射しが強い日だったが、作業現場は屋内で風通しもよく、筋力もあまり必要ないため、これまで4回の中では今日が一番ラクだった。

現場の家は建築中の状態で、外壁やサッシは完成し、内装も、配線・断熱材・石膏ボードまで出来た状態で1階の天井ギリギリまで水に浸かり、その後、石膏ボードや床下地材、断熱材をはぎ取った状態だった。

そのため柱・間柱にはボードビスの頭が多数でている。

雑巾で各部材の汚れを拭きとり、土間コンに溜まった泥や砂を掃除して、午後2時半頃にはほぼ終了。


今回は施主夫婦と小さな娘さん、施主の兄を思われる人、施主の母と思われる人が現場におられたので、(施主や兄は我々とともに作業)、一段と張りあいがあった。



前回は桜木町のボラセンだったが、今回は、大槌のボラセンの本部(?)とでも言うべき、規模のおおきな駐車場(農協の敷地内)に、バスが6台ほど停まっていた。

ボラセンの横に薬王堂がプレハブで店舗を構えていて、ペットボトルなどを買えるし、仮設トイレも3基ほどあって、なかなか充実している。


我々の別グループ、つまり34名の班は、聞けば河川敷で花壇を造成するための穴掘り、石のかき出しなど、炎天下の中での力仕事だったようだ。
皆、バスに戻る際際には上気した赤い顔をし、疲れた表情で乗り込んできた。 この班は女性も多く入っているのに・・・
その逆に、男性ばかりの班が屋内の掃除作業では、なんだか人選がおかしいなぁ~と感じた次第。



今回我々が作業に入ったお宅は、目の前が住宅地だったと思われるところが全滅しているのに、その家はほとんどきれいな状態で建っており、歪みもほとんどなさそうだった。

しかし至近距離に、やはり数年前に建ったばかりの立派な家が残っているが、外見はなんともなくても、話を聞けば歪みがひどくて家主は家を放棄し、解体することにしたのだそうな・・

ほんの少しの運の差なのか・・ 


早朝にNHKラジオで、『大槌町では、サケの遡上する川の復活を目指して、昨日からボランティアによる川の清掃作業が本格的に始まった。』というニュースを聞いた。

案の状、大槌に着いてみると、今日の作業は川の清掃だった。 ただし、川の中に入ることは危険極まりなく、装備もないため、ボランティアが行うのは河川敷の清掃だ。

先週と同じ、沢山(さわやま)ボランティアセンターに到着して、その裏手にある大槌川をやる。

川の土手を下流に向かって歩いて行くと、肉眼でも川底にゴミがたくさんあるのが良く分かる。

下流、これ以上歩いて行けないところまで来て、ここから上流に向かってゴミ拾いだ。 今日の参加メンバー39名全員がこの作業にあたる。


メンバーを見回すと、以前にも見かけた常連さんが4~5人はいる。 男女比率も、ボランティアに来た最初の頃は女性のほうが多かったものの、回を重ねるごとに男性のほうが多くなっているような気がする。



燃えるゴミと燃えないゴミに分別して回収するとのことで、拾うものによって2班に分けた。
さらに、一輪車で運ぶ専門担当が6名。 私は一輪車の係。

河原は、整備された道路と違って泥っぽいところや凸凹があるため、腕力のある者でないと一輪車をうまく走らせるのが難しい。
北海道から来たという若者と、休憩時間に一輪車談義をしたりして、小雨の中の悪条件ではあったが、楽しい一日であった。



午後2時過ぎに雨が強くなってきたため、リーダー(先週と同じく岩手大学4年のT君)の判断で、早々に作業を切り上げ、いつもより30分以上早く帰着した。

河川敷のゴミは、約40人がかりで清掃したためか、かなりの面積が綺麗になったと思う。 技術はなくても、多数の人の力は有効だと感じる。