キリギリスの雑記帳
キリギリスの雑記帳
  

人生の冒険的な旅

今振り返ってみると・・


好きな漢字を一つ上げろと言われれば、「」と答える。

そんなにたくさん旅をしてきた訳ではないが、やっぱり「」という言葉の響きに酔いしれる。

イスタンブールの夕陽
イスタンブール 22歳のとき


旅にもいろいろなタイプがあり、大きく分ければ、未知なる土地への主に自力による冒険的な旅と、その対極として、事前に情報収集し効率良く快適に巡る比較的リッチな旅があるだろう。団体旅行は論外として。

自分は、最近は専ら後者のタイプになっている。 ただし「リッチ」ではないが・・(^_^;

そして若い頃は前者のタイプが多かった。

今この年になって、本当に懐かしく思い出されるのは圧倒的に前者のタイプの旅である。


快適な旅ももちろん良いのだが、貧乏旅行ではあるがしかし精神が高揚した冒険的な旅を思い出すたび、ああ本当にいい思い出だったなあ~ と充足感を感じることができる。

今、自分の人生を肯定的に感じることが出来るのも、これらの冒険的な旅があったからこそではないかと思うほど。


自分は現在65歳で、いわゆる高齢者の仲間入りをしているが、やはり体力は落ちており、若いときに出来たことも、どんどん出来なくなっている。

この先何が起こるか分からないし、10年前に大病(=癌)を患った経験もあることから、いつまでも健康でいられるとも限らないことは重々意識するようになった。

今のうちに、自分の人生の中で思い出深かったことを何かに記録しておきたいと思うようになったのも、この「日々の雑記」を書き始めた動機の一つである。

今後、若い頃の旅の思い出を、折を見て書き残していきたいと思う。

ひとまず、自分の中で最も印象深かった冒険的な旅を、ランキング形式みたいな感じで以下にリストアップしてみる。

インド・ネパール・中東への7ヶ月間一人旅

21歳~22歳にかけて、インド・ネパール・パキスタン・イラン・トルコ・ギリシャを旅した。

その後の自分の物の考え方にも大きな影響を与えたと思うこの旅は、たくさんの思い出があるため、すでに「南西アジア旅行記」として全41話にまとめている。↓↓

南西アジア旅行記

北上川ゴムボート下り

これは盛岡市で毎年夏に行われている「北上川ゴムボート川下り大会」のことではない。(その大会も8回ほど参加したが・・)

26歳くらいのときに学生時代の後輩と二人で、岩手県北上市から宮城県の石巻にある北上川河口を目指し、ゴムボートで下った。

お盆休みの2泊3日で決行したが、残念ながら時間切れで河口までは到達出来ず、宮城県登米町まで下って帰ってきた。


八重山諸島への1ヶ月間貧乏旅

19歳のとき学生時代の同僚3人で、石垣島、西表島、波照間島を巡った。

お金がないので宿泊はすべてテントか野宿、米や味噌も持参、往復の交通手段はもちろん飛行機ではなく船。

現地の人に泊めてもらったり、西表島のジャングルを完全横断したりとなかなか面白かった。

北アルプス南北縦断20泊21日の旅

20歳のとき大学ワンゲル部の夏合宿でリーダーを務め、新穂高温泉から日本海まで北アルプスを南北縦断した。

今思えばとてもとても幸せな山旅であった。

両親を連れてのヨーロッパ10日間の旅

26歳のとき、海外旅行をしたことがない両親に外国を見せてやりたかったので、親子3人でフランス・スイス・スペインを10日間個人旅行した。

プランニングからチケットの手配、現地での通訳、そして旅費(3人でおよそ120万円)もすべて自分が負担した。

就職してからの3年間で貯めたお金を、今しか出来ないことに使うべきと判断してのこと。

両親はとても喜び、その後も時折その話をしていたが、両親にとっては人生最初で最後の海外旅行となった。

今思えば、本当にやっておいて良かったと思えることの一つ。

子供の頃の石灰山探検記

12歳(中一)のとき、故郷釜石市の下洞泉にある通称 石灰山 と呼ばれる石灰岩の岩壁を、友人と10回くらい探検した。

昔製鉄所で石灰を採掘していたが、その頃には採掘を止めて無人の岩壁が残る淋しい場所となっていて、誰も訪れることがなかった。

しかし石灰岩の白く美しい岩壁はプチ・ロッククライミングの場所として面白く、(実際あとで知ったがロッククライミングのゲレンデとして利用する人もいたようだ。)、誰も知らない洞窟があり、そこを探検したりして、子供の冒険心を充分に満足させる素晴らしいところであった。

前穂高岳北尾根の丸腰登攀 ~ 若気の至り

19歳(大学2年)のとき、友人と槍穂高大キレットを通過した後、涸沢にキャンプして、翌日前穂高岳北尾根を登った。

ロッククライミングの技術を習ったこともないのに・・・

ザイルワークも知らず、ザイルも無く、ヘルメットすら被らないアホ丸出しの無謀な行為だった。それでも当時は楽しく登れた。

今思えば、生きて帰れて良かった。

高校時代の弟との北海道2週間の旅

16歳(高2)のとき中2の弟と、当時の国鉄の「北海道周遊券」を使って北海道をほぼ一周した。

やはりお金がないので、宿泊は半分くらい夜行列車(周遊券なので乗り放題)を利用したりとハードなスケジュールだったが、若いので平気だった。

--- 2023年8月 記す---