キリギリスの雑記帳
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第23話
ポカラの公立病院


今でも外国に旅するときは、生水を飲むな、生水を飲むと腹を壊すぞ・・と言われるが、本当にそうだろうか?

一週間程度の小旅行で、帰国までの日程がきっちり決まっているなら、現地で腹を壊して不快な思いをするのは嫌だから、当然生水は飲まないほうがいい。

でも何ヶ月も何年も滞在するような大旅行だったら?

その間ずっと、ミネラルウォーターばかり飲んでいるわけにもいかないし、第一、インドなどの田舎に行けばそもそもミネラルウォーターなんて手に入らないし・・・

生水を飲んで腹を壊すというのは、自分の腹がその水に慣れていないからで、少々の雑菌にも耐えられないような構造になっているからなんだろう。

現地の人たちはその土地の水を飲んでいちいち下痢しているわけではないんだから、自分だって慣れればいいんではないか?




ネパールの山村では、ヒマラヤから流れてくる水をそのまま水道に引いて飲んでいた。

茶屋で水を頼んで「はいよ!」と出てくるコップの水は明らかに濁っていて、そのままではすぐに飲む気がしないけれど、現地の人たちもやるように、そのままコップを置いてしばらく待つのである。

やがて水に含まれる砂や泥が下に沈むので、きれいになった「上澄み」を飲む。

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日本とは環境も習慣も違う国に長く滞在して旅をするのだから、現地の人がやるようなやり方で生活しなければ意味がない。

私はそういう考えだったので、食事のときは向こうがわざわざ気を使ってスプーンを出してこない限り、インド人の普通の食べ方であるとおり、右手だけを使って食べていたし、

トイレで大をするときも紙は使わず、左手と水を使って用を足していた。

そして生水も飲んでいた。

その結果、カルカッタ滞在中に2週間ほど下痢が続き、体重も10kgほど痩せたものの、その後は別段どうということもなく快適に旅を続けてきたのである。

生水なんか飲んでもなんともなかった。ついに「慣れた」のか?

そうして「慣れ」ついでに、ネパールの風土病とされる肝炎のウィルスをもらってしまったらしい。

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ポカラの安ホテルの一室で、何もする気力がないまま考え込んでいた。

「これは肝炎に違いない。もう治らないかもしれない。悪化しないうちに日本に帰ろうか? 明日、川向かいにあるという公立病院に行って来よう。」

翌日、公立病院は休みだということを聞き、さらに一日寝て過ごした。

次の日の朝、よろめきながら公立病院に行ってみた。

「えっ、これが病院なの?」

トタン屋根の粗末な建物。

日本でいえば「畜舎」か「倉庫」くらいにしか見えない「公立病院」の前には、子供を連れたおばさんや老人など、すでに大勢の人たちが診察を待って立っていた。

8時半から受付開始で、診察は10時からだそうだ。

「こんなに大勢いるんじゃ、自分が診察してもらえるのはいつのことやら・・」

「下手をすれば夕方まで外で待たされるんじゃないか? 立っているだけでも辛いのに・・・」

そんな心配をよそに、診察が始まると何と真っ先に私が呼ばれて診てもらえた。
一番最初に受付したわけでもないのに・・・

理由はわからないがとにかくラッキーだ。


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私は医者に言った。

「少し熱があり、とても疲れる。体が重い。立って歩くのもやっとだ。私は肝炎にかかったのではないかと疑っている? ちゃんと検査をしてくれ。」

医者は「OK! OK!」と言うものの、私の目と口の中を見て上半身に聴診器を当てただけで診察が終わってしまった。

「私は肝炎じゃないのか?」

こんな簡単な「診察」で分かるものか! 私は必死に医者に聞いた。
「私は肝炎じゃないのか!!」

医者は何を聞かれても「OK! OK!」だ。

いったい何が「OK」なんだ!

診察は5分で終わり、料金はわずか25パイサ(当時約5円)だった・・・




とにかく医者が書いてくれた紙切れを持って薬局に行き、指定された薬を買って飲み、ホテルのベッドで眠ることにした。治ってくれよ・・・

さて翌朝・・・

おっ、元気がでているではないか!
ちゃんと歩けるぞ。昨日よりずっと快適だ。

あの医者はヤブではなかったのかな?

よし!散歩にいってみよう。


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ペワ湖まで歩いていった。

湖畔には安そうな食堂兼ホテルが立ち並び、外のカフェではヨーロッパのヒッピーどもがハシシを吸い回している最中だった。

「こういう連中は、どこへ行ってもただ音楽に浸ってハシシにふけっているだけじゃないか。くだらねえ!」

そう思いながらも、ついフラフラと彼らの中に入ってしまう私であった。

「ハロー!ジャパニーズ・ガイ!」

仲間のしるしにチロム(ハシシ喫煙道具の筒)が回ってくる。

つい昨日まで「病気」だったはずの私は、彼らにつきあって不覚にもこれをまた吸いこんでしまった。


その結果、当然といえば当然、病み上がりの体に大麻の成分は十分に吸い込まれてゆき、グラグラに効いて訳がわからない!

またしても歩けなくなった。疲れが一気に吹き出てきてホテルに帰れそうもない。

   あぁ、なんてアサハカなんだろう・・・

旅行記 目次

第1話 旅の序章、 第2話 入国拒否、 第3話  強盗だー!、  第4話 TOMODATI!、 第5話 聖地の大晦日、 第6話 泥棒もひとつの「職業」、  第7話 船旅、  第8話 ヒッピーの聖地(海岸の小屋)、 第9話 ヒッピーの聖地(パーティー)、  第10話 ヒッピーの聖地(LSD)、 第11話 ヒッピーの聖地(朝の光と波の音は・・)、  第12話 インド人は親切だ?、 第13話 田舎を行く列車の旅、 第14話 変わり始めた片田舎の町、  第15話 皆既日食を見た!、 第16話 屋根の上のシタール弾き、  第17話 カルカッタにて、  第18話 ヒマラヤの旅(1)、 第19話 ヒマラヤの旅(2)、 第20話 ヒマラヤの旅(3)、  第21話 ヒマラヤの旅(4)、 第22話 ついに発病か?、  第23話 ポカラの公立病院、  第24話 旅先で発病した人たち、 第25話 酷暑、 第26話 日本は「ベスト・カントリー」だ!、  第27話 目には目を?、 第28話 沙漠の国、  第29話 「異邦人」の町、  第30話 沙漠に沈む夕陽、 第31話 アラーよ、許したまえ、 第32話 イランの印象(1)、  第33話 イランの印象(2)、 第34話 イランの印象(3)、  第35話 中東にはホモが多い?、  第36話 「小アジア」の風景、 第37話 イスタンブール到着、 第38話 国民総商売人、  第39話 銃撃事件、 第40話 旅の終わり、  最終話 帰路・あとがき