北上川の川下り
( part 1 )
昭和59年(1984年)の夏、3日間のお盆休みを利用し、岩手県北上市から宮城県石巻市を目指し、ゴムボートで北上川下りを決行したときのお話です。
このお話は、現在の社会情勢やコンプライアンスに照らしてみれば多分に不適切な内容が含まれますが、作品のオリジナリティーを尊重し、事実をありのままにお伝えいたします。(笑)
第一章 出航前
動機
子供時代に、親が世界の名作文学全集を自分たち3きょうだいに買ってくれた。
といっても、実際に買ってくれたのは全集のうちの一部で、10冊くらいだったかな。
自分はすべて読んだ。
どれも面白く、読み始めるとご飯を食べるのも惜しいくらいのめり込むものもあった。
中でも特に興奮して読んだのが「トム・ソーヤーの冒険」
小説の中で主人公のトムは家出をし、親友のハックとジョーを連れてミシシッピー川を筏(いかだ)で下る一節がある。
その場面の挿絵が素晴らしかったこともあり、この頃から筏で川を下ることに憧れを抱きつつ十数年が経過。
20台半ばの「いい若者」となった自分は、ついに子供の頃からの憧れを実行に移すことにしたのであった。(笑)
トム・ソーヤーの冒険との違いは次のとおり
- ミシシッピー川 ⇒ 北上川
- 筏 ⇒ ゴムボート
- 家出 ⇒ 有給休暇
一人だけで行くには少々不安だし、旅が淋しいものになりそうだ。仲間が欲しい。
とはいえ、ゴムボートは最大2人しか乗れないので、相棒が一人欲しい。
職場では誰も賛同してくれる人はいなかったので(当然か・・)、ダメ元で大学の後輩に連絡してみたら、即刻参加の返事が来た。
向山君がわざわざ長野県からやってきてくれるのだ。彼とは学生時代に寮の部屋が近く、自分のことをよく慕ってくれる3年下のかわいい後輩だった。
今から思えば、いろいろ美味いこと言って誘い出したような感がないでも無い。
(^_^;
コース選定
決行はお盆期間中。3日間の有給休暇を取り、帰省はせずに川下りを行う。目的地は北上川の河口である宮城県の石巻市である。
出航地点をどこにするか迷ったが、北上川の最上流である岩手町の方からでは遠すぎて、とても宮城県まで3日で行けるとは思えない。
それに北上市の展勝地には大きな堰があり、船の類いはそこを通過できないと聞いていた。
実際には展勝地の少し上流で上陸し、荷物をすべて抱えながら岸辺を歩いて展勝地の堰の下流から再び漕ぎ出せば良いだけの話だが、そもそも3日間しか休みがないので、北上市より上流を出発点にするのは日程的に厳しいと思われた。
なので、出航地点は展勝地の下流でなければいけない。そうなると、当時自分が住んでいた江刺市に近い、展勝地のすぐ下流にあたる北上市のどこかにすれば良い。
そういうわけで、出航地点は北上市の「国見橋」に決定!
情報収集
当時はもちろんインターネットなんて無いから、今みたいに Googlemap で行程を詳しく調べるなんてことは出来ない。
書店から地図を買ったが、これが唯一のナビゲーションである。
取り敢えず、地図には「橋」は記載されているので、流れながら橋を通過するたびに現在地は確認できるだろう。
川の大きなカーブとか砂州があれば、それも目安になるだろう。
あと気になるのが、こういう行為自体が法律に抵触するなんてことはないのだろうか?
気は進まないが一応確認しておく必要はあるだろう。
北上川を管轄している建設省の地方事務所に電話してみた。
あのー、ゴムボートで北上川を宮城県まで下ってみようと考えているんですけど、こういうのって事前に許可とか届け出とか必要になるんですか?
先方の担当者の返事はおおむねこんな感じ
川は誰のものでもないので、ゴムボートで川を下るのは自由です。許可も届け出も不要です。
でも安全には充分気を付けてください。 当然、全行程は事前に調査されているんですよね?
えっ・・ は、はい。ありがとうございました。(汗)
全行程を事前に調査? そんなのやってねーよ。
彼のいう「調査」というのは、おそらく川のすべての行程を陸路から目視で観察し、危険箇所などを調べてるんだろうな・・ ってことだと推測する。
本当はそうすれば万全だけど、そんなのやってられないよ。
ああ、でも地図を買って道中の橋や、川の太さやカーブのことは大体分かってるぞ。調査したといえば調査してった言えるんじゃないか?
・・と勝手に解釈して進めることにする。 ←無謀、良い子はマネしない。
ゴムボートのこと
そもそも自分がゴムボートを買ったのは川下りをするためではなく、釣りをするためだった。
当時の職場の先輩である工藤さんには、よく海釣りに連れて行ってもらった。
休日になると工藤さんの車で、内陸の江刺から沿岸部の宮古や船越、鵜住居などへ二人で出かけ、時にはキャンプして泊まり夜釣りを楽しんだりしていたのだ。
でも岸から竿を出すだけだと釣果に限界があったので、
俺 : 「ゴムボートがあれば沖に出れるから、もっと釣れるんじゃないですかね?」
工藤さん : 「あっ、いいなそれ」
って乗りで、自分はゴムボートを買ったのである。
その後、実際に箱崎白浜漁港からゴムボートに乗って少し沖へ出ただけで、大きめのアイナメやドンコがたくさん釣れた。二人とも大満足だった。
ある場所で釣れそうになければ場所を移動するのも簡単だし、ゴムボートからだと竿を使わなくともテンテンで十分だ。
そうやって遊んでいるとやっぱり欲が出てくるんだな。このゴムボートで北上川を下れないか? と考えるようになったのである。
筏作り
釣りをするだけなら当然日帰り、しかも数時間だけなので問題ないが、北上川を3日間となると夕方には岸に上陸してキャンプしなければならないし、水や食料も必要だ。
テントや寝袋、食料、炊事道具・・・ ゴムボート本体だけに積み込める量ではない。
ゴムボートの他に荷物用の小さな筏(いかだ)を作り、ゴムボートと連結させる必要があった。
装備全体もけっこう重量があるので、単に木や竹で作る筏では浮力が足りない。
そこで思いついたのが、タイヤチューブを膨らませて浮き輪にし、その上にスノコ板を乗せて筏にするアイデア。
これならけっこう浮力もありそうだし、水面の抵抗も少なそうだから良いんじゃないか?
そうと決まれば早速荷物用の筏作りだ。
タイヤチューブはどこで手に入れたか忘れたが、多分どこかの車屋さんから安く譲ってもらったんだろう。
スノコ板は適当なサイズの市販品がないので、角材と板を買ってきて、タイヤチューブに乗る最適なサイズになるように作った。
この上に荷物を乗せるのだが、重心が上に来るので波でひっくり返る恐れがある。それを防ぐひと工夫が必要だ。
筏自体は2つ並んだタイヤチューブに乗っかっているので、形としては長方形。
転覆しやすいのは、長方形の場合は短径方向に回転しやすいため、その方向に転び止めの長い板を掛け渡せば良いだろう。
これならどの方向も「長径」の役割を果たし、川の岩にぶつかろうが大波を食らおうが、回転して転覆することはまずない・・と思う。
荷物の準備
筏の上に乗せた荷物は、詳しい内容はもちろん忘れたが、おおむねこんな内容だったはず。
これらをコンテナやザックに入れ、それぞれ水がかかっても濡れないようビニール袋で覆った。
飲料水や炊事用の水も必要だ。北上川の水なんて生では飲めたもんじゃない。
必要な都度いちいち上陸して買いにいくのも面倒なので、2人で3日分の飲料水が必要。
ということは最低でも10リットルくらいは欲しいので、20リットルくらい入る密封容器を買い、そこに半分くらい水を入れてゴムボートに直接ロープで繋ぐことにした。
空気が入っているため水に浮き、うまく流れてくれる。
沈没しないための対策
さて、荷物のほかにゴムボート本体の補強もしておこう。
海と違って川なので、水深の浅いところでは川底の石が水面近くまで来ていることもあるだろうから、もしその石が尖っていたら、流れにのって勢いよく接触したときゴムボートが裂けるかもしれない。
ゴムボートというのは普通2室構造になっていて、一部分が裂けて空気が漏れても、半分は無事でなんとか浮いていられる。
そうはいっても川の中でそんな目にあったら大変なので、ゴムボートの底を補強しておきたかった。
対策として、ゴムボートの底面全体に、お風呂マットを貼り付けることにした。といっても接着するわけにはいかないので、要所を紐で結んでずれないようにするだけ。
仮に水中の尖った岩に当たっても、お風呂マットが緩衝材となるからゴムボート本体は守られるだろうと考えた。
さあ、これで準備万端。
ゴムボートに2人の人間が乗り、底にはお風呂マット、荷物筏と飲料水タンクがロープで結ばれている状態。
なかなか仰々しいスタイルだ。
出航後、この仰々しさのデメリットを思い知らされることになるのだが、この時点では知る由もなかった。
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